大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(行ウ)139号 判決

フランス国、九二六三二、ジャンヴィリエ・セデクス、プラース・デュ・ヴィラージュ、三/五、

パルク・ダクティヴィテ・テクノロジク・デ・バルバニエ

原告

セラス・ソシエテ・アノニム

右代表者

クリスチャン・ベリアール

右訴訟代理人弁護士

井坂光明

右補佐人弁理士

奥山尚男

奥山尚一

有原幸一

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

右指定代理人

小暮輝信

廣戸芳彦

笛木秀一

山口貴志

"

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が、平成九年八月六日付けで、平成八年特許願第二六二五八六号についてした出願却下処分を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、原告のなした特許出願に対する被告の出願却下処分が違法であるとして、原告が右処分の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成七年(一九九五年)九月一二日にフランス国において行った特許出願に基づく優先権を主張して、平成八年九月一一日、発明の名称を「圧延製品の冷却装置」とする発明について特許出願をした(平成八年特許願第二六二五八六号。以下「本件出願」という。)。

2  本件出願の願書には、平成八年法律第六八号による改正前の特許法(以下「旧法」という、また特許法を「法」という。)三六条一項一号に規定する特許出願人の代表者の記載がなく、また、旧法一〇条に規定する代理権を証明する書面の添付がなかったことから、被告は、旧法一七条三項に基づき、原告に対し、平成八年一一月七日付けで、相当の期間を三〇日と指定して、〈1〉特許願の特許出願人の欄(代表者の氏名)を正確に記載した書面及び〈2〉代理権を証明する書面の補正を命ずる手続補正指令(以下「本件補正指令」という。)を発付し、本件補正指令は、本件出願の出願人代理人奥山尚男あてに同月二六日に発送され、翌二七日到達した。本件補正指令で指定された期間を経過後も右手続の補正がされなかった。

3  被告は、平成九年八月六日付けで、法一八条一項の規定に基づき、指定した期間内に手続の補正がなかったことを理由として、本件出願について、出願却下処分(以下「本件処分」という。)をした。なお、原告は、平成九年一〇月一五日、本件処分に対して異議申立てをし、被告は、平成一〇年四月一七日、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。

二  争点

本件処分は適法か。

(被告の主張)

本件出願の願書には、旧法三六条一項一号に規定する特許出願人の代表者の記載がなく、また、旧法一〇条に規定する代理権を証明する書面の添付がなかったことから、被告は、旧法一七条三項に基づき、原告に対し、平成八年一一月七日付けで、相当の期間を三〇日と指定して、右の点につき手続の補正をするよう本件補正指令をし、本件補正指令は、本件出願の出願人代理人奥山尚男あてに同月二六日に発送され、翌二七日到達した。そして、本件補正指令で指定された期間を経過後も右手続の補正がされなかったため、被告は、法一八条一項に基づき本件処分をした。

本件処分には、原告の指摘する違法事由は存在せず、またその他の違法事由もない。

(原告の反論)

1 本件補正指令で指定された三〇日の期間は、以下の理由により、旧法一七条三項に規定する相当な期間とはいえないので、三〇日の期間徒過を理由にされた本件処分は違法である。

旧法一七条三項で規定する相当な期間がどの程度の期間を意味するかについては、補正を要する事項が補正がなされずに放置されることによる弊害の重大性と、補正がなされず旧法一八条一項の規定によって当該手続が却下された場合に、出願人が受ける不利益の程度との考量によって決せられると解すべきである。(a)補正がされずに放置されることによる弊害については、〈1〉本件補正指令で指摘された点は、本件出願当時特許法及び同法施行規則の定めるところであったが、代表者の氏名の記載に関しては平成八年法律第六八号による特許法三六条一項一号の改正(平成九年四月一日施行)によって記載の必要がなくなり、また代理権を証する書面に関しても平成八年法律第一一〇号(平成一〇年四月一日施行)により添付の必要がなくなったことからも明らかなように、これらが欠如したまま放置しても実質的な弊害はない、〈2〉出願代理人の代理権が書面で証明されないとしても、少なくとも出願公開がされるまでは当該出願の係属によって格別の弊害はないし、特に、本件出願は審査請求がなされていないから、審査の前提として代理人の権限を確定する必要があったわけではなく、また、本件出願はフランス国において先に出願公開されるのであるから、代理権が証明されない状態で日本において出願公開がされたとしても、何らの弊害もない。(b)これに対して、出願却下処分は、出願後に発明が公開された場合等には当該発明が特許となる可能性を失わしめるものであって、出願人に重大な不利益を及ぼすものである。本件出願はフランス国における出願を基礎としてなされたものであり、同国においては出願後一八か月で出願公開がなされ、本件出願に係る発明はフランス国における公開によって公知となり、本件出願が却下されれば出願人は日本国で特許を取得することができないという重大な不利益を蒙る点を考量すると、三〇日の期間は、相当でない。

2 本件処分には、以下のとおり、裁量権の濫用ないし逸脱があり、違法である。

法一八条一項は、特許庁長官に、法一七条三項により指定した期間内に補正がなされなかった手続を却下する権限を付与しているが、右権限も無限定に行使し得るものではなく、発明の保護という特許法の目的から、一定の制限を受けるものと解さなければならない。本件処分がされた時点の一年以上前に前記平成八年法律第一一〇号は成立しており、その施行まで七か月余りとなっていた。右のとおり、本件処分がされずに七か月余りが経過すれば補正は不要となったこと、平成九年四月一〇日、出願人代理人から特許庁に対して、本件出願を維持する旨の電話連絡を入れてあり、原告が本件出願を維持する意思があることは被告も認識していたこと、本件処分が、原告に、本件発明について特許を受けることができなくなるという重大な不利益を蒙らせるものであり、被告はそれを知り又は容易に知り得たことに照らすならば、本件処分には法一八条一項の権限について裁量権を逸脱ないしは濫用した違法がある。

3 本件処分には、以下のとおり、信義則に反する違法がある。すなわち、特許庁における従来の慣行によれば、出願の日から少なくとも一年程度は出願却下処分が行われておらず、しかも、原告の出願人代理人から被告に対し、電話で本件出願を維持する旨を伝えていたのであるから、原告には、被告に対し、このような信頼が生じているものであって、本件処分は信義則に反しており違法である。

第三  争点に対する判断

一  本件処分の経緯は、第二「事案の概要」の一記載のとおりである。

1  右事実を基礎にすると、以下のとおり、本件処分には、違法はない。

すなわち、本件出願の願書には、旧法三六条一項一号に規定する特許出願人の代表者の記載がなく、また、旧法一〇条に規定する代理権を証明する書面の添付がなかったことから、被告は、旧法一七条三項に基づき、原告に対し、平成八年一一月七日付けで、相当の期間を三〇日と指定して、右の点につき手続の補正をするよう本件補正指令をし、本件補正指令は、本件出願の出願人代理人奥山尚男あてに同月二六日に発送され、翌二七日到達した。そして、本件補正指令で指定された期間を経過後も右手続の補正がされなかったため、被告は、法一八条一項に基づき本件処分をした。本件処分には、原告の指摘する違法事由は存在せず、またその他の違法事由もない。

2  原告の指摘する違法事由について、付加して言及する。

原告は、本件補正指令で指定された三〇日の期間は、旧法一七条三項に規定する相当な期間とはいえず、本件補正指令で指定した三〇日の期間徒過を理由にされた本件処分は違法である旨主張する。

右「相当の期間」とは、特許出願人が、補正を命じられた手続上の不備を是正するために必要とする通常の期間と解すべきである。この点、原告は、出願却下処分をしたことによる特許出願人の不利益の程度を考慮して、相当期間を判断すべきである旨主張するが、補正及び却下手続が設けられた趣旨に照らして、右主張は採用できない。そして、本件についてみると、本件補正指令で命じられた事項は、代理人の代理権を証明する書面の添付及び特許出願人の代表者の氏名の記載であり、原告がフランス国の法人であることを考慮しても、右補正の内容は、いずれも、極めて容易かつ短期間に補正することが可能であるので、被告の定めた三〇日の期間は、右補正を行うのに十分な期間と解すべきである。したがって、原告の右主張は、採用できない。

次に、原告は、本件処分には、被告の裁量権の逸脱ないしは濫用がある主張する。

行政処分の適否は、処分の行われた時点における事実及び法律状態を基準に判断すべきところ、本件処分は、処分がされた当時の特許法の規定に基づいてされているので、適法というべきであり、本件処分後に本件処分の理由となった手続が不要となったとしても、処分の適法性の有無に消長を来すものではない(前記のとおり、代理権を証する書面が不要となったのは、平成八年法律第一一〇号が施行された平成一〇年四月一日以降である。)。さらに、〈1〉原告には手続の補正を行う機会が十分あったと解されること(なお、本件処分がされたのは、本件補正指令の発送の日からおおむね約九か月の期間を経過した後であること、被告は、前記期間が経過した後約三か月後の平成九年四月に、出願却下処分前通知を発送して原告による補正意思を確認したこと等の点を考慮すると、原告には右補正を行う十分の機会があったものと解して何ら妨げがない。)、〈2〉被告は、平成九年四月一〇日、本件出願の出願人代理人事務所から、補正の書面を提出するのに、さらに一か月位の期間を要するが補正の意思は有している旨の電話連絡を受けたことも配慮して、右連絡を受けた後約四か月間経過してから本件処分を行ったことを総合考慮すると、本件処分を行うにつき、被告に裁量権の逸脱ないしは濫用があったとは解することはできない。したがって、原告の右主張も、採用できない。

さらに、原告は、本件処分には、信義則に反する違法がある旨主張する。しかし、本件全証拠によるも、被告が、出願の日から一年程度は出願却下処分を実施しない旨の慣行があったと認めることはできず、また、前記経過に照らし、本件処分に信義則違反を推認させる事情はない。したがって、原告のこの点の主張も採用できない。

二  よって、原告の本件請求は理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 沖中康人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例